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第10話 聴け、高齢者の心の声

 聴け、高齢者の心の声

 高齢者介護法が改定されたのは、百歳で死亡した伯母が亡くなる2年前のことだ。定年を迎えてから、毎週、独り暮らしの伯母を見舞い、手打ち蕎麦を持参、昔話を聞くのを楽しみに通っていた頃、ちょうど介護法が施行された。

 それまでも、百歳近い伯母は、市から、訪問家政婦さんの派遣を受け、その相手と実の娘のように仲良くつきあっていた。ところが、介護法が施行されると、伯母の表情が暗くなったのを覚えている。「どうしたんだよ、いったい」。私は、てっきり、新しいヘルパさんと、気が合わないのかと思った。よく聞いてみると、「何も頼めないんだよ。何もかも事務的でね。おまえ、どう思う」。伯母の不満は、ヘルパーと心が通じ合えないのが、いちばん不満らしかった。それまで、愚痴などこぼさなかった伯母だった。あれから、私も、今年74歳になり、あの時の伯母の気持ちが、せつないほど分かる年齢になった。

 高齢者の介護法とは、いったい誰のために施行された、心なき法律なのだろうか。私は、介護をビジネスに広げただけの心ない政策としか思えない。ヘルパーの資格を取得して、一生懸命に働いている人の収入は、過酷な労働条件の割りにはよくない。それに反し、施設だけは立派に見えるのだが。

 何度も養護施設を変えていた先輩を見舞ったことがある。その日S氏は、老人たちとの集団から離れて、空虚な眼差しで窓の外を見ていた。近寄って「やぁ」と声を掛けた。とたん、S氏はハッとした表情で私を見たが、すぐに視線を避けて虚ろな眼を窓の外に向けた。きっと、自分姿を後輩に見せたくなかったのだろう。S氏は夜間、些細なことで、男性の看護師に暴力を奮い、それが転院の原因となったようだ。家族とも意思の疎通が出来ず、ある冬の寒い夜、拘束されていたベッドで暴れ、ずり落ちるようなかっこうで死亡した。病院も大変だったが、家族にも大きな心の傷が残った。

 70歳を越すと、みな何らかの病気を抱え、そして心の傷が癒されないまま、暗澹と日々を送っている。人一倍元気で、サービス精神に溢れたTが、軽い脳梗塞で倒れたのは、ちょうど4年前、冬の万座温泉の露天風呂だった。自宅に帰ってから受けた精密檢査が最悪だった。Tは現在、人工透析で命をつないでいる。Tは人が変わってしまったように、無口になり、こちらから話しかけないと、何時間でも、ぼんやり座っている。話し掛ければ、正確に応えが返ってくるのだから、癡呆症とは思えない。最近、透析の合間をぬってデイサービスに通っている。「どうだ、若いねえちゃんが飯を食わせてくれたり、風呂に入れてくれたり、楽しいかだろう」そんな私の問いかけに、「バカ言え、俺はそんなことは、嫌でしょうがねぇ」。たしかに元気な頃のTに一瞬戻ったことは確かで、唖然とさせられた。(このTの気持ちを、引き出してれれたら・・・)いったい、どうしたらよいのだろうか。

 先輩のS氏も、親友のTも。心のギャップを埋めてやることが出来なかったのが虚しい。でも、彼らは、見えない檻のなかで、自尊心を守ろうと、必至にもがき苦しんでいた。何とか出来ない筈はない。でも何とかしたい。そうした親しい友人やその家族に接していると、福祉とは、そして介護法とは何だろう。また、現代の閉塞感きわまる無縁社会は、高齢者をどうするつもりなのだろう。声を上げたくても、世間とに切り離された環境に生きている我々高齢者たちにとって、たとえ都会で暮らしていようと、『限界集落』で生活しているのと何ら変わりない。

 絵空事のマニュフェストで、庶民を騙した鳩山政権に代わって、菅政権が誕生したが、私は、もう信用していない。そして、われわれ高齢者のほんとうの気持ちや苦悩を代弁してくれる人はいないというジレンマにさらされている。昔は、選挙になると、「福祉・福祉」と叫ぶ候補者か居た。しかし、オバサン党首も、「辺野古・辺野古」と叫んでいては、見放されてしまうだろう。既に、そうなっているのに気がついていない。高齢者と向き合おうとせず、目を背け続けている、息子・娘・孫どもなんか、糞の役に立たないが、あてにしないと暮して行けない高齢者もいるのに、君たちは、厄介者でも見るように目を背けている。ほんとうに、これでよいのか。このままで日本は良いのか。「立ちあがれ、にっぽん」という政党もできたが、誰にどうやって、立ち上がれと叫んでいるのか。私には、全くわからない。

 総括すると、今の日本社会は、貧しさに卑屈になり、人間の『絆』や『人の和』を忘れてしまったようだ。われわれ高齢者は、いろいろ苦労もしたが、尊厳と人の心の大切さを知っている。そして、心の繋がりを大切にしながら、死んで行きたいと願っている。単なる頑固ジジイじゃない。

 定年退職から14年目の夏。悠々自適生活のバラ色の夢は砕け散った。なにも悪いことをしたわけでもないのに、明日の年金生活は、一歩間違えば生活保護につながる。それなのに、退職後は、徴集を免れていたた「高額な住民税」をむしりとられ、「介護保険料」を、何のことわりもなく増額され続けている。黙って人の懐から年金をむしり取る行政は泥棒にひとしく、まさに、弱者を鞭打つ悪政が続けられている。高速道路の無料化なぞ、どうでもよいから、介護の恩恵を何ら受けていない健康な高齢者には、ご褒美の割り戻し金ぐらいあってもよさそうだ。

 もの言えぬ高齢者の暮らしを何とかしないと、後期高齢者は全員生活保護家庭になってしまう。そんな、みっともない日本社会になっても、国際貢献でもなかろ。

 伯母が亡くなって13年目の夏。もう訪れることもないと思い、庭からもいできて、実のまま土に埋めた柿が育ち、今年はじめて、三個の青い実をつけている。

                平成22年6月12日 更新